グダッてる
そんなこんなで異国の病院でグデッと看病中。
テレビも言葉わかんないから、本読んだりゴロッとする。
待遇としてはかなり手厚い。
シャワー明日浴びれる。どんな感じなんだろう。
手術以前は割と死に方を考えることが多かった気がする。
死について具体的観念的に考えることが、生きる理由になったというか。
単に身体がみっともないものに感じることが多かったのかもしれない。
死に方以前に日常の自分の姿とかもね。
私にとって、身体は秘密にしなければならないものだった。それが公然だったとしてもね。
せめて仮面や仮のものとしてあるべきだった。
最悪は日常的な死として捕捉されること。
それは私が間違って生まれてきたことを永久に裏付けるから。
まあ、私自身に対することはどうだっていいことだけど、私を生かしてきたものの価値がゼロになるじゃん。
それも私自身のせいでね。勘弁して欲しい。
そんなこんなで日常も制限が多かった気がする。
どうしようもなく羞恥心を覚えたし、直感を裏切られるから思考を調整する必要もあった。
世間をとてもよく研究することや身体のあり方を調整すること。
テストステロンに汚染されたらゲームオーバーだったからね。何故かね。
そんなんで対応しても、30歳過ぎる頃には身体がダメになって死ぬことになりそうかなーって思ってた気がする。
結局、治療ガイドライン読んでプロセス突っ走っちゃったけどね。へんてこな解決策のね。
いろんな考え方はあるけど、私は自分が一番結局可愛いからね。
死ぬのは怖い。それはとても痛い。確実に自分を殺すにはかなりの思考をする必要もある。
これからの人生は開き直れるというか、体内の時限爆弾が除去された感じ。
巻き込み自爆とか、誰かから借りたものとか当面悩まないでいい。
寿命が延びたから。